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ロッキング・オン・ジャパン【山崎洋一郎】謝罪!小山田圭吾のインタビュー内容や全文が話題に

新型コロナで東京オリンピックがポジティブな話題だけではない現状となっていますよね。
その他にもネガティブな話題が実はたくさんあります。

今回の東京オリンピック・パラリンピックで閉会式の楽曲を担当することとなったミュージシャンの「小山田圭吾」の騒動であります。

小山田圭吾は、過去に壮絶なイジメをしていたことを1994年の音楽誌「ロッキンオンジャパン」のインタビューで語っています。このイジメが普通ではなく異常行動レベルだったことが今回の件で再熱し、多くの否定的なコメントが寄せられています。

その当時、小山田圭吾にインタビューした編集長の山崎洋一郎さんが謝罪しました。

この大きな騒動となっている今回の小山田問題を調査してみました。
そして山崎洋一郎というインタビュアー(編集長)はどんな人物?

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山崎洋一郎(ロッキンオンジャパン)が謝罪!

それはやっぱり謝罪するべきですよね。
こんな記事が普通に出ているなんてちょっとありえませんよね。

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山崎洋一郎(ロッキンオンジャパン)謝罪内容の全文が注目!

山崎洋一郎さんの謝罪文の全文は、ロッキング・オンが提供する音楽情報サイト「rockinon.com(ロッキング・オン ドットコム) 」の山崎洋一郎の「総編集長日記」というページで見ることができます。

山崎洋一郎さんの謝罪文

「ロッキング・オン・ジャパン」1994年1月号で、小山田圭吾さんがいじめ加害者だったことを告白した時のインタビュアーは自分で編集長も担当していたこと
インタビュアーとしての姿勢や編集長としての判断はいじめ問題に対しての倫理観や真摯さに欠ける間違った行為だったこと
いじめ被害者の方とご家族の方にお詫びすること
深く反省し、2度とこうした間違った判断を繰り返さないこと
などが書かれていました。

山崎洋一郎(ロッキンオンジャパン)プロフィール

名前:山崎 洋一郎(やまさき よういちろう)
生年月日:1962年8月29日
職業:音楽評論家、編集者
出身:東京都世田谷区
血液型:A型
学歴:六甲高等学校、上智大学外国語学部卒業

ロッキング・オンに入社にしたのは1986年
1991年から邦楽雑誌「ROCKIN’ON JAPAN」の編集長に(2代目)
2000年から洋楽雑誌「rockin’on」の編集長を歴任(4代目)

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2006年から『ROCKIN’ON JAPAN』の編集長に復帰。 2010年5月号より『ROCKIN’ON』と『ROCKIN’ON JAPAN』の編集長を兼任する(ROCKIN’ON JAPANでは前年より、総編集長、またはめっちゃ☆編集長という肩書きだが、その業務が編集長時代と何が変化したのかは、本人からは曖昧な楽観的コメントしかされていない)。

ネット上の意見・批判と世間の反応

小山田圭吾氏は、掲載内容に誤りがあったと言っています。
発行者として、記事の信ぴょう性を明らかにして欲しいです。
多少の誇張はあっても笑いながら誇張さえ良しとする態度であったならば、やはり小山田圭吾氏は、オリパラに相応しくないと思います。

謝っても、もう遅いかもしれないな。

あの記事は当時から疑問視する人は居たし、だからこそずっと倫理観を問う様にことある毎にネットで話題になって来たんだから。
当時の記事は雑誌側も一緒になって笑っている様な印象さえ受ける。

今までも一部では何度も話題になって来たが、ずっと関係者は無視して来たって事実こそがポイントなんだよ

寧ろこの記事書いてくれててありがとう。
記事がなければ、小山田にそんな過去があったとも知らずにオリパラを何事もなく迎えたかと思うと、とんでもない事だった。当時被害にあった人たちは、今年また静かに苦しむところだった。

まとめ

オリンピックはイジメとは正極の位置に存在するものなので、このような人が閉会式の音楽担当になったのは、非常に遺憾ですよね。

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